■先月の日記で、ヘミングウェイの『移動祝祭日』新訳が個人的に合わない、と記した。それはどのような箇所かといえば、次のような一節だ。
◆A girl came in the café and sat by herself at a table near the window.She was very pretty with a face as a newly minted coin if they minted coins in smooth flesh with rainfreshed skin,and her hair was black as a crow’s wing and cut sharply and diagonally across her cheek. (A Good Café on the Place St-Michel)
次に示すのはそれぞれの訳文。
◆一人の女がカフェへ入ってきて、窓近くのテーブルにひとりで腰をおろした。とてもきれいな女で、新しく鋳造した貨幣みたいに新鮮な顔をしていた。雨ですがすがしく洗われた皮膚で、なめらかな肌の貨幣を鋳造できればの話だが。それに彼女の髪は黒く、カラスのぬれ羽色で、ほおのところで鋭く、ななめにカットしてあった。(福田陸太郎訳、岩波同時代ライブラリー。旧訳)
◆一人の若い女性が店に入ってきて、窓際の席に腰を下ろした。とてもきれいな娘で、もし雨に洗われた、なめらかな肌の肉体からコインを鋳造できるものなら、まさしく鋳造したてのコインのような、若々しい顔立ちをしていた。髪は烏の羽根のように黒く、頬に斜めでかかるようにきりっとカットされていた。(高見浩訳、新潮文庫。新訳)
詳細は省くが、福田訳の方が原文のリズムを伝えているのではないか(特に最後の文はうまいと思う)。一方の高見訳は日本語的まだるっこしさが内容と合ってないように感じられる(特に第二文)。「a face as a newly minted coin」で、モダンガールのしゃれた髪型をした女性のきりっとした感じは、高見訳のリズムではないだろう。
しかし、こういうのは趣味感覚なので、どちらがどうとはいえない。そもそも、「原文で読むのが一番ですナ」という意見もあるだろう。
まあ、個人的には福田訳が好きなのだが、惜しいことに絶版になってしまっている。
■この前、街でゴダールの“made in usa”のマリアンヌ・フェイスフルみたいな人を見かけた。シンプルなワンピースにきれいに染めた髪が合っていて、彼女が歩くたびに周りの空気が一変する感じがした。
ヘミングウェイぐらいの筆力があれば彼女の様子を再現できるのだが、無理なので映画のワンシーンをそのまま引っぱっておこう(笑)。
下は“made in usa”(1966)のワンシーン。シンプルな映像構成だが、壁、ソファー、テーブルの色の組み合わせは見事だ。画面右上に白色を配する感覚もすばらしい。フェイスフルの服と髪、肌の色もきちんと計算した上での配色と映像構成がなされている。さすがゴダール。
ちなみにマリアンヌは歌を歌っている人で、作曲はRolling Stones。
■(BGM):The Rolling Stones [As Tears Goes By] (1964)