■怒濤の二週間がやっと終わった。やることがここまで重なると毎日が祝祭気分になる。
■アクロバットな毎日を過ごしていたため頭がもやもやし、この前リフレッシュするべく川端丸太町の“ラニオン”で夕食を摂った。
静かな空間でおいしいものを前にワインを傾けていると、心が洗われる(?)気がする。
このお店は値段も手頃で、空いていて、そしておいしい。店の方ともそこそこ顔見知りになり、僕にとっては京都で一番すてきなフレンチだ。こういうお店は気心の知れた知己と同じぐらい大切なので、長く続いてほしいと願うばかり。
■幸せな気持ちでいえば、『蜘蛛女のキス』(マニュエル・プイグ)の一節を思い出してしまう。
昔、この本を大好きな友人がいて、「主人公が何気なくいう一言がすごくいい」と勧めてくれたのが、それは次のような一節だった。
“幸せを味わっているときがすばらしいのはねえ、バレンティン・・・それがいつまでも続きそうな気がすることなの、みじめな気持ちになんて二度とならないような”
『蜘蛛女のキス』を読んで以来、この一節が頭から離れなくなった。いいことなのか、どうか…。
■何気ないでいえば、友人達と何気ない話をする時が一番楽しい。
古稀を迎えた方や働き盛りの五〇代の方、同世代の知己、そして10代の友達と話していると、疲れやその他もろもろが春の光に溶けはじめたアイスクリームのように柔らかくなり、気づけば消えていることが多い。
■そんな感じで友人と色々話していた時、互いにボブ・デュラン好きが発覚(?)して盛り上がったことがあった。
フォークで一世を風靡したデュランが、1965年頃からバンドを従えてエレキ・ギター片手にステージに上がった時、客はすごい拒否反応を起こし、ライブを途中で終えさせられたり、レコードの不買運動が行われたこともあった。
ファンにとってそれは、「ビートルズなどのバンド勢の流行に乗っている」「変節だ」「これまでの主張は一体どこへ行ったのか」「ファンの存在を何とも思っていない」といった反応を起こすものだったそうな。
しかし、デュランは黙々とステージに上がり、自分が一番いいと判断したやり方をやり通した。
当然、彼にとって緊張感を強いられるものだったろう。実際、一時期のデュランは周りが全て敵に感じられ、かなりナーバスになっていたらしい。それでもステージに上がればもの凄いデカイ音でエレキをかき鳴らし、彼は最新曲を延々と歌い続けた。
友人はこの頃のデュランのライブ曲を聴くと一種特別な感情を抱くらしいが、僕も同じことを感じる。
特にステージ上での“Like A Rolling Stone”は忘れがたい演奏だ。
デュランの金属質な声は聴いていると頭が痛くなるが、それでも胸を揺さぶられる迫力があり、たまにこの曲のライヴ版を聴いて色々感じることがある。
“Like A Rolling Stone”は特に歌詞がいい。昔はよく分からないところも多かったが、最近はとても共感できるようになった。
下は“Like A Rolling Stone”のライヴ・バージョン。
■(BGM):Bob Dylan [Like A Rolling Stone] (1966)