■元近鉄バファローズの四番打者、中村紀洋はホームランを打った時に両手を高くあげてバットを放り投げる癖があった。それは舞台の上で大見得を切る歌舞伎役者のようであり、流麗な菊五郎ではなく荒事の団十郎のような、といえばいいだろうか。
そんな彼のバッティングを、実際に大阪ドームで何度か観たことがある。ある時、外野の前列席でビールを飲んでいたら、豆粒みたいな遠くのバッター席でカン、と音がした。みると中村が片膝をついてバットを高々を放り投げ、そのままの姿勢で止まっている。
急に周りで津波のような歓声が湧きあがったかと思うと「ドカッ!」という音が頭の上で鳴り響いた。もしやと思いグラウンドに目をやると、中村はすでにベースをゆっくり走っている。ホームランだった。
後で知ったが、中村の球は僕らのはるか上の看板に当たったそうな。頭上で突然響いた音は、白球が看板に当たった音だったというわけだ。
中村はフルスイングが信条で、一時期は「全球ホームランを狙う」と宣言して話題になった。野球に詳しくないため、その発言にどのような意図があるのか(またはないのか)は分からない。ただ、その力強いスイングのためか、後に中村は腰を痛め、あの豪快なフルスイングはいつしか消えていったのは残念だ。
彼は近鉄を去った後、メジャーリーグ、オリックス、中日と渡り歩き、そして来年からは楽天イーグルスでバットを振るという。ささやかな一ファンとして、彼にはこれからも活躍してほしいし、またホームランも打ってほしいと思う。
しかし、僕にとって印象的であったのは近鉄バファローズで四番を打っていた時期の彼だ。その頃の中村はまだ20代で、腰もピンピンしていて、誰よりも球を遠くに飛ばそうとフルスイングし、そして本当に看板に直撃するようなホームランを打っていたのである。それも、何度も。
下の映像は往年の中村紀洋。
■(BGM):The Who [Substitute](1968)