■10年ほど前になるだろうか。
お金はなかったが時間はたっぷりあった頃、保田与重郎の本を片手にたびたび奈良を散策していた。
天気のいい朝、今日はどこに行こう? と考える。前回は初瀬の方に行ったから今回は法隆寺あたりを歩こう、とか。のんきな時代だ。
そんな奈良への小旅行にいつもかばんに入れていたのが保田の古書だった。
マニアは小林秀雄以上の批評家と絶賛される一方、ウルトラ右翼のファシスト煽動者と毛嫌いする人もする。今も評価は定まっていない。安全無害な教科書などには絶対に載らない評論家だから知名度も低く、日蔭の人だ。
でも、彼の文章は好きだった。
大正まで生きてゐた、郷里の老婆たちは、何年かに一度くらゐ、法隆寺へ詣でた。数十年以前には、彼女らは金堂内陣の壁画を、わが手でなでて、堂巡りをしたと言つた。信仰の対象だから、素朴善良の人は、わが手わが身で、ぢかに仏にふれたかつたのであらう。千三百年間に、さしてすりへりもしなかつたことを、以前から感心して思つてゐた。美術品に手でふれることは、古文化保存の教養のない証拠と言はれるかもしれないが、仏像仏画にわが生き身でさはるといふことは、ときに本来の信仰の自然のやうにも思はれる。私はこれを野蛮とか、幼稚だといいきれない。私がさういふことをしたがらないのは、私に熱つぽい信仰心がないゆゑであらうと思ふだけである。(『日本の美術史』「大和朝廷時代」) おおらかで、ちょっとボケた感じがある。偏屈ではあるが、底には大きな感情が湛えられていて、ときに山脈のように仰ぐ感じがあり、冷たい清水のように鋭くなる瞬間もある。鋭い直感とだらだらした感じ(?)がないまぜになり、不思議な文だ。
初めて読んだ時にクセの強い文章だと思う反面、いいことを言うなあと感じた。文化とはガラスケースごしに眺めるものではなく、暮らしの中に息づいているものだということを保田は言っている。
奈良、というところもよい。
奈良は京都や他の地と比べて格段に文化の古い地だ(古すぎて何だか分からなくなるほどに)。保田は、そんな古代の暮らしぶりをそのまま現代に貫かせるための意識のありかを、具体的なエピソードを重ねることで述べようとしている。
私は唐招提寺の古いころの案内人のおしやべりが好きであつた。社会科の本を読むやうな案内ではない。標準語にすることのできないやうな、方言の世界で、その老婆は、美術や国宝を語らず、仏を人のやうに説明してゐた。昔の人は水とお粥だけのくらしで、このやうな立派な仏を作られたのだから、美食と贅沢をつくして仕事をされる今の人に、どうしてもつと立派なものが作れないのだらうかとその老婆はきいた。(中略)
斑鳩あたり、古都も寺も塔もうねうねと一線にならび、頭をめぐらすと、二上にしづむ夕日はぶきみなくらいに大きく赤い、春の大和こそ、大和の景観である。暮れ遅い春の日永をかこつものうさのはてに、暮れはてた日に悔いを残すやうなけだるい感銘は、奈良を少し西へ、斑鳩や冨の小川あたりで頂点に達する。(「奈良あない」) こういう一節を読むと、保田いうところの“日本文化”は学校で政治事件の年号や古典の助動詞を覚えるだけの授業や、展覧会などで美術品として尊ぶのと異なる気がした。
そして保田が例にあげるのは奈良の地ばかりだったので、読んでいるうちにその寺社を、景色を確かめたくなり、彼の本を片手に奈良を訪ねることとなったのである。
振り返ると夢のような日々だ。
下はその時の奈良の写真。何年か前の八月頃、どこで撮ったかは忘れたが、陽ざしが強かったことを覚えている。
■(BGM):Led Zeppelin [In The Light] (1975)
posted by dear prudence at 00:20
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